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富山県におけるハクバサンショウウオの生息状況の調査

草間 啓(1)(3)・澤田研太(2)(3)・亀谷三志(3)・不破光大(1)(3)・稲村 修(1)(3)
(魚津水族館(1)立山砂防カルデラ博物館(2)富山県爬虫両生類研究会(3))

1.はじめに

 ハクバサンショウウオ Hynobius hidamontanus は、1975年に長野県白馬村で発見され、1987年に新種記載された小型サンショウウオである。岐阜県と富山県の個体群は、1991年にヤマサンショウウオ Hynobius tenuis として新種記載されたが、その後の遺伝子研究により2002年にハクバサンショウウオのシノニムであるとされた。
 本種は日本固有種で、岐阜県、富山県、新潟県、長野県の一部に分布するが、その生息地は不連続でそれぞれ孤立している。国際自然保護連合(IUCN)においては絶滅危惧種(ENDANGERED)、環境省レッドリスト2020において絶滅危惧IB類(EN)、富山県版レッドデータブックにおいては絶滅危惧I類に選定されている。また、2015年に富山県は、希少野生動物種の中でも特に保護を図ることが重要な「指定希少野生動植物」に指定している。
 富山県では、これまでに魚津市、上市町、立山町、旧大山町(現在は富山市)、富山市、旧八尾町(現在は富山市)、旧利賀村(現在は南砺市)から記録はあるが、そのほとんどは1980年代から1990年代と古く、現在も生息しているのかは不明である。
 以上のことを踏まえ、富山県内における本種の既知の生息情報を基に、今回は過去10年間記録の無い地点を中心に現在の生息状況を調査したので報告する。なお、希少種である本種の保護上の観点から、生息地の詳細な表記は控える。

2.調査地および調査方法

 過去の文献を基に調査地①~⑧を踏査して、本種の卵嚢(写真1)、幼生(写真2)、成体(写真3)を探した。本種を確認した場合は、その位置(緯度経度)、周囲の環境を記録した。
 調査は主に本種の生息を確認しやすい繁殖期(4~6月)に行った。繁殖期にアクセスが困難な場合や、1度目の調査で本種を確認できなかった場合は8~9月に追加調査をし、孵化した幼生を探した。
 また、調査は一時的な捕獲を伴う場合があるため、富山県自然保護課から事前に捕獲許可を得て実施した。

図1 調査地


写真1 卵嚢


写真2 幼生


写真3 成体

3.結果と考察

1)各調査地の詳細
[調査地①] 魚津市 標高173m 調査日:2020年4月5日
 平野部に近い丘陵地にある雑木林内の小規模な畑へ水を引く素掘りの用水路(写真4)で、計2か所から卵嚢と成体が確認された。筆者らは、2017年に卵嚢と成体を初確認して以降、現在まで毎年確認されている。
 既知の生息地から離れているため、今後は周辺地域の調査を行い、この地域における現状を把握する必要がある。

写真4


[調査地②] 立山町 標高812~857m 調査日:2020年4月25日
 車道の脇に形成された水たまり(写真5)や湿地(写真6)で、計11か所から卵嚢、幼生、成体が確認された。幼生は越冬したものであった。
 この地域は、一定の範囲に産卵地点が点在しているが、それぞれの地点間は不連続な場合が多く、どの程度個体が交流できているか不明である。
 本地点での確認は2010年以来10年ぶりである。

写真5


写真6


[調査地③] 富山市 標高510m 調査日:2020年4月29日・5月2日
 山間の集落跡の周辺から、計4か所から卵嚢、成体が確認された。湿地の一角からは1か所にまとまって卵嚢がみられた(写真 7)。他には林道脇の水たまり(写真8)で卵嚢、コンクリート枡内では成体と卵嚢が確認された。本地点での確認は1998年以来 22年ぶりである。
 この地点は集落跡に広範囲な湿地が隣接しており、その湿地を分断するようにアスファルト舗装された車道が通っている。その道路の先は現在も建設中である。卵嚢は広い湿地の中の1か所の水たまりに集中しており、狭い水域のため、卵数に対する上陸までの生存率は低い可能性が高い。湿地の広さや産卵状況からも元々は優れた生息地だったことが推測できるが、湿地内の卵嚢が確認できた場所以外は乾燥化のためか、本種が産卵に利用するような水たまりはほとんど確認できなかった。今後はさらに本種の生息に適さない環境へ遷移が進む可能性がある。

写真7


写真8


[調査地④] 富山市 標高1119~1205m 調査日:2020年6月6~7日・8月10日
 林道脇の斜面から染み出た水によって形成された水たまり(写真9)や森林内の湿地(写真10)、流れの緩い沢の淀みで、計 50か所から卵嚢、幼生、成体が確認された。6月6~7日に確認した幼生は越冬したもので、8月10日に確認した幼生は春に孵化したものであった。
 この地域一帯は過去にも広範囲から数多くの産卵が確認されており、県内で最も生息状況が優れた地域と考えられる。今回はこの地域の中の一部しか調査できなかったが、本調査地以外にも多数の繁殖地が存在すると思われる。全国的にも規模の大きい貴重な生息地であると考えられる。

写真9


写真10


[調査地⑤] 富山市 標高960~1000m 調査日:2020年8月14日
 山間部の谷を流れる川沿いに大小さまざまな湿地が点在しており(写真11)、その中の計2か所から幼生を確認した。地域としては調査地④と近いが、分布が連続しているかは不明である。繁殖期は調査地④とほぼ同じ時期と思われる。近年になって分布が確認された地域である。

写真11


[調査地⑥] 富山市 標高1520m 調査日:2020年5月23日・9月6日
 5月23日の調査では生息を確認できなかったが、9月6日に再調査したところ、登山道の脇を流れる小さな沢の淀み(写真12)1か所で幼生を確認した。
 富山県において最も標高が高い生息地であるため、繁殖期が他の地点よりも遅いと推測される。周辺も調査したが、この沢以外では本種を確認できなかった。付近に生息地がないかさらなる調査が必要である。
 1984年以来41年ぶりの確認である。

写真12


[調査地⑦] 南砺市 標高750m 調査日:2020年5月3日
 過去記録の住所付近を調査したが、生息は確認できなかった。民家付近の斜面から染み出る水によって形成された水たまり(写真13)などが見られたが、本種が産卵に利用できそうな環境は少なく、過去記録の産地はすでに消失した可能性が高い。この地域は近年、行楽・文化・観光施設ができるなど開発が進んでいる。そのため、記録当時(1988年)と比べると生息地周辺の環境は大きく変化している。
 〈備考〉周辺地域も調査したところ、およそ1km離れた1か所で卵嚢と成体を確認した。この場所は山間の谷地にある湿地であり、卵嚢と成体はその中を流れる緩やかな沢から確認された。過去に記録が無い新産地である。

写真13


[調査地⑧] 南砺市 標高1411m 調査日:2020年8月25日
 林道脇の水たまり(写真14)1か所で幼生を確認した。付近には大規模な湿地があったが、本種の幼生・成体は確認できなかった。1988年以来32年ぶりの生息確認である。周囲は広範囲に湿地が広がり、過去記録では確認産卵数も多い。しかし、今回確認できたのは一地点のみで、幼生の個体数も少なかった。周辺には本種が生息しそうな水たまりが複数存在したが、他の場所では確認できなかった。今回は幼生期の調査しか行えていないため、産卵状況も含めてさらなる調査が必要である。

写真14


2)過去記録との比較
 富山県内においてこれまで記録のあった8か所のうち、7か所で本種の生息を確認した。調査地7では生息を確認できず、同地の個体群は消失した可能性が考えられる。その他の調査地では生息を再確認でき、中でも調査地③、⑥、⑧では、過去記録から長い年数が経過した現在も生息していることが確認できた。しかし、過去記録では確認卵嚢数が多いが、今回の調査では1か所からわずかな数の幼生しか確認できなかった調査地⑧や生息地周辺環境の悪化が懸念される調査地③、周囲に生息地が確認できず孤立している可能性がある調査地①、③、⑥など生息状況に問題点がみられる地域も多い。これらの地点はさらなる生息状況の悪化や個体群の矮小化が懸念される。
 調査地④では数多くの地点から卵嚢が確認されており、同地域内には未調査の繫殖地が多数存在すると考えられる。過去にも広範囲から数多くの記録がみられることから、生息地の規模は大きいと考えられる。しかし、過去文献)には、道路のアスファルト舗装化や側溝が整備された結果、以前は多くあった本種の産卵場所や同地域産の本種をヤマサンショウウオとして記載した際に模式産地とした湿地が消失したという旨の記述がみられる。このように、この地域も過去と比べると多くの生息地が失われているものと思われる。

3)本調査で確認された新産地
 調査地⑦の周辺で、新たに本種の生息地を1か所確認した。しかし、確認できたものは卵嚢1対と成体1個体のみと数が少なかった。また、付近の本種が生息していそうな環境をくまなく調査したが他の場所からは確認できなかったことなども踏まえると、この新産地における個体群の規模は極めて小さいと推測される。

4.謝辞

 調査時の捕獲許可をいただいた富山県生活環境文化部自然保護課、本調査に協力いただいた富山県爬虫両生類研究会の中田達哉氏、魚津水族館飼育員の寺岡京志郎氏に深くお礼を申し上げる。

5.参考文献

Matsui,1987.Isozyme variation in salamanders of the genus Hynobius from eastern Honshu, Japan,with adescription of a new species.Jpn.J.Herpetol.12(2):50‒64.
Matsui,K.Nishikawa,M.Kakegawa,and T.Sugahara,2002.Taxonomic relationships of an endangered salamander Hynobius hidamountanus Matsui,1987 with H.tenuis Nambu, 1991(Amphibia:Caudata).Cur.Herpetol.21(1):25‒34.
IUCN,2020.The IUCN Red List of Threatened Species On Line: https:/ /www.iucnredli st.org/species/10615/3205400(Date of access:12 January 2020)
環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室,2020.環境省レッドリスト2020.別添資料 3【両生類】.https://www.env.go.jp/press/files/jp/114457.pdf
草間 啓・澤田研太・稲村 修,2018.富山県におけるハクバサンショウウオの新産地.魚津水族博物館年報,(27):20‒23.
森 大輔・草間 啓・澤田研太・福田 保・亀谷三志,2020.富山県における両生類・爬虫類の記録(2019年).富山の生物,59:77-79.
森 大輔・草間 啓・澤田研太・亀谷三志・福田 保・南部久男,2019.富山県における両生類・爬虫類の記録(2018年).富山の生物,58:107-110.
森 大輔・草間 啓・澤田研太・南部久男・亀谷三志・福田 保,2018.富山県における両生類・爬虫類の記録(2017年).富山の生物,57:84-88.
森 大輔・南部久男・福田 保・荒木克昌・小林周一・後藤優介・加藤智樹,2011.富山県における両生類・爬虫類の記録(2010年).富山の生物,50:87-92.
森 大輔・南部久男・澤田研太・福田 保・後藤優介・荒木克昌,2014.富山県における両生類・爬虫類の記録(2013年).富山の生物,53:109-115.
森 大輔・南部久男・澤田研太・福田 保・後藤優介・荒木克昌,2015.富山県における両生類・爬虫類の記録(2014年).富山の生物,54:107-113.
森 大輔・南部久男・澤田研太・福田 保・後藤優介・荒木克昌・小林周一・加藤智樹,2012.富山県における両生類・爬虫類の記録(2011年).富山の生物,51:69-74.
森 大輔・南部久男・澤田研太・福田 保・後藤優介・荒木克昌・小林周一・加藤智樹,2013.
富山県における両生類・爬虫類の記録(2012年).富山の生物,52:105-113.
南部久男,1996.ヤマサンショウウオの産卵状況,卵数及び卵嚢の形態.富山市科学文化センター研究報告,(19):55‒65.
南部久男.(編).2001.富山市科学文化センター収蔵資料目録第 14 号.両生類・爬虫類,富山市科学文化センター.30pp.富山市科学文化センター,富山.
南部久男・福田 保・堺 康浩,1996.有峰の両生類・爬虫類.富山市科学文化センター(編)常願寺川地域(有峰地域)自然環境調査報告,pp.277‒285.富山市科学文化センタ ー.
富山県生活環境部自然保護課,2012.富山県の絶滅のおそれのある野生生物―レッドデータブックとやま―,79pp. 富山県生活環境部自然保護課.
富山県生活環境部自然保護課,2014.富山県希少野生動植物保護条例(平成26年富山県条例第47号).
http://www.pref.toyama.jp/cms_pfile/00015331/01320902.pdfhttps://www.env.go.jp/press/files/jp/114457.pdf
湯浅純孝,1994.5動物(3)両生・爬虫類.富山県生活環境部自然保護課(編)立山カルデラ自然環境基礎調査報告書,pp. 31‒44.富山県生活環境部自然保護課.

6.論文

1)本調査結果に加えて、翌年行った県内全域の生息状況調査結果をまとめたもの
論文名:富山県におけるハクバサンショウウオの分布と生息状況
著 者:草間 啓、澤田研太、亀谷三志、中田達哉、稲村 修(2022年)
掲 載:魚津水族博物館年報 第31号 p79-86
(https://www.uozu-aquarium.jp/report/document/2021hakuba.pdf)

2)本調査で多くの繁殖地が確認された調査地④について特記したもの
論文名:富山県南部の一地域におけるハクバサンショウウオHynobius hidamontanuの生息状況
著 者:澤田研太・草間 啓・亀谷三志・中田達哉(2021年)
掲 載:両生類誌33:8-15.