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ドローンによる蜃気楼観測時の海上温度分布の立体的解明と比較

佐藤真樹(魚津埋没林博物館)

はじめに

 光の屈折によって普段の景色が変わって見える物理現象が蜃気楼である[1]。富山県魚津市の上位蜃気楼時の沿岸の温度の鉛直分布の調査から、高度約10m程度のところにある逆転層の影響がみられた[2]。しかし、海洋上の逆転層形成に関わる気温や風については諸説ある[3]。また、無人航空機(ドローン、UAV)による蜃気楼の温度分布の調査が北海道斜里町で行われ、放射冷却時の逆転層による蜃気楼の観測例が報告[4] [5]された。本研究では、魚津での上位蜃気楼に関わる陸上及び海洋上の温度等の分布をUAVによって観測(図1)することで、その構造をさらに理解することを目的とする。

UAV観測概要

 UAV(Phantom3:DJI)に、温度ロガー(LR5011:HIOKI)と応答時間20秒の温度センサ(LR9631:HIOKI)を取り付けた。温度センサには日よけを取り付け、またUAVからの風や熱の影響を避けるため、先行例[6]にならいプロペラ先から24cm離した場所に設置した。
 UAVによる温度観測は、河口では地上から5mから50mは5m間隔で、50mから140mまでは10m間隔で観測を行った。500m海上では5mから50mまで、1000m海上では5mから30mまで5m間隔で観測した。それぞれの高度で30秒間ホバリングさせ、安定した温度とホバリング平均高度を観測値とした。観測場所は早月川河口および河口海上約500mと約1000mで、蜃気楼を定常観測している魚津埋没林博物館と、蜃気楼となる対象物(富山火力発電所)の間にある(図1)。

図1 UAV観測位置と埋没林博物館、蜃気楼となる対象物




結果および考察

 2019年6月から12月の間に18日間、蜃気楼を観測した。この内、8日間にUAVによる温度観測を実施したほか、蜃気楼が見えない日に8日間に同様の温度観測を実施した。
 2019年6月に蜃気楼が見えた日と見えなかった日の温度状況を比較する。6月25日は14時頃まで富山火力発電所の下位蜃気楼を観測したが、観測時は普段の景色となり上位蜃気楼を観測出来なかった。一方6月26日は14時20分頃から18時30分頃まで富山火力発電所の上位蜃気楼を確認した。
 上位蜃気楼を観測していない6月25日には、河口では0.2℃以下のゆらぎはあるが高度ともに気温の低下を確認した。500m海上では約7mで急激に気温の高い層があった(図2)。
 上位蜃気楼が観測された6月26日には河口の観測の高度8mから19mで+0.3℃とわずかな温度上昇があるがセンサとロガーの精度(±0.5℃)未満で誤差程度である。しかし、河口での地上付近での逆転層は、同様な別の調査日の6月18日(A、 B)と 21日(A、 B)の上位蜃気楼時に明瞭に観測した(図3)。500m海上、1000m海上の観測ではそれぞれ高度8mで24.4℃から14mで26.1℃(温度差1.7℃)、高度7mで24.7℃から13mで26.0℃(温度差1.3℃)と温度の上昇を確認した。また、蜃気楼観測時は河口・海上ともに高度約25m以上では、26℃後半から27℃と同じような気温となっていた。さらにUAVの傾きから換算した風向風速は6月26日の海上では高度とともに北北東から北東へ変化していた。
 前述の6月の事例を含め2019年には20回、UAVによる鉛直温度の観測を早月川河口で行った。観測時の温度は日によって大きく変化するため、5mでの温度を±0℃で規格化し示した(図3)。赤系色で示した蜃気楼を観測しているとき(ごく小規模な変化も蜃気楼有りと判断、埋没林博物館で蜃気楼と判断した時間の前後も含む(6月18日、7月26日))の温度分布は、5mから20m程度の低い高さで程度はさまざまだが気温の逆転が見られた(図3)。最も傾きの多かった、7月21日の事例は、停滞前線による温度逆転を観測していたものと考えられる(図3右端の赤線、図4、写真1)。黒色で示した蜃気楼が見られなかった日は、乾燥断熱減率で上空ほど気温が下がる通常の状況を確認できた。一方、青線で示した6月20日は地上付近で明瞭な温度逆転があるけれども、蜃気楼が観測されなかった。この日は見通しが悪く対岸の景色がほとんど見えない日であった。また、30m付近から50m付近と高い場所で温度逆転が見られた時間(図3緑線(6月2日、6月3日))には、蜃気楼は観測されなかった。これは、逆転層が高いため、地上付近からの蜃気楼観測では像の変化が見られなかったと考えられる。

図2 魚津における蜃気楼の有無と温度の鉛直分布
(2019年6月25日(蜃気楼有り)、26日(蜃気楼無し)の事例)




図3 2019年における魚津における蜃気楼の有無と温度の鉛直分布
(2019年20回の観測事例、青線(6月20日)、緑線(6月2日、6月3日)、灰色破線は乾燥断熱減率)




写真1 早月川河口から見た富山火力発電所とその周辺の上位蜃気楼(2019年7月21日)




図4 日本周辺の天気図(2019年7月21日9時)




まとめと今後の予定

 本研究では、UAV観測によって蜃気楼観測時に海上の逆転層を確認した。調査事例では、従来から検討されてきた上空の暖気の移流[2]によるとみられる事例に加え、海上下層の冷たい空気が海上由来の事例(6月26日)や、停滞前線による逆転層(7月21日)なども見られた。また、蜃気楼が見える可能性がある温度状況になっていても、見通しがないと蜃気楼として認知できないなど、視程の重要性も確認できた。今後は事例の整理および陸上定点での観測を通して、温度状況の変化傾向から気象的な現象理解を進めるとともに、リアルタイムでの蜃気楼の情報の発信などを目指していく。

参考文献

[1]小口ら、1992、太陽からの贈りもの
[2]木下ら、2002、天気、49、57-66
[3]中川、2009、天気、55、49-53
[4]石原ら、2018、雪氷、80、213-226
[5]佐藤ら、2019、蜃気楼協議会講演要旨、16、21-22
[6]吉﨑ら、2019、地球環境研究、21、125-132