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片貝川上流域における特徴的植物生態と、その成立に関与する微気候(温湿度要素)の解析

石須秀知(魚津埋没林博物館)

はじめに

 片貝川上流域では、岩上に生育したスギ巨木群(通称:洞杉)とその樹上に着生する植物群、北限に近いオオフジシダの生育、高地性植物群の低標高域での生育など、特徴ある植物生態が観察されます。これらの植物の実態と、それに影響を与える気候条件(気温と湿度)を調べました。

1. スギ巨木群の樹上着生植物調査

図1 洞杉と樹上の着生植物>
図1 洞杉と樹上の着生植物

 片貝川南又谷の標高600~700m付近には、洞杉と呼ばれる天然のスギ巨木が多数生育し、その樹上には、たくさんの植物が着生しています。そこで、樹上にどのような植物がどの程度着生しているのか、その実態を調査しました。(着生とは、植物が樹上や岩の上など、地面(土)ではないところに付着して生育した状態をいいます。せまい意味では、着生するために特殊な器官が発達するなどして、着生以外の生活をしない植物を“着生植物”といいますが、ここでは、普通は地面に生える植物で偶然樹上に生育したものも含め、広い意味で着生植物と表現します。)
 調査した樹木は、幹周りが2m以上のスギ15本と、比較のためにミズナラ2本、ブナ、サワグルミ、ホオノキそれぞれ1本ずつ、計20本です。
 その結果、スギ15本とミズナラ2本で植物の着生が見られましたが、ブナ、サワグルミ、ホオノキでは確認できませんでした。スギやミズナラは樹皮にすき間や窪みが多く、風や動物によって樹上に運ばれた植物の種子がそこにとどまりやすいことが原因だと考えられます。
 スギとミズナラ計17本の樹上で確認された着生植物は37種でした。最も多く出現したのはウスノキで、13本の樹上で49個体確認されました。そのほか、リョウブ、ヤマウルシ、シノブカグマ、ナナカマド、コミネカエデ、イワガラミなどが多く確認されました。
 着生植物を体制のタイプで分けると、草本シダ類(5種)、草本種子植物(3種)、木本種子植物(29種)でした。草本の割合が低く、またすべての草本が多年生でした。樹上では、短期間でライフサイクルが終わる一年草などは定着しにくく、木本や多年草など毎年少しずつ成長するものが定着しやすいようです。
 着生植物が樹上で生育するためには、種子や果実などがそこまで運ばれることが必要です。植物は、種子がより広範囲に運ばれるように、風で飛ばされたり鳥に食べさせるなど、多様な散布方法をとっています。今回記録された着生植物を種子の散布方法で分類すると、風散布型(胞子を散布するシダを含む)がリョウブ、コミネカエデ、イワガラミなど21種(うちシダ5種)、鳥散布型がウスノキ、ヤマウルシ、ナナカマドなど16種となり、風散布や鳥散布が樹上へ種子を運ぶのに有効に働いていることが分かりました。

2. オオフジシダ生育地調査

図2 オオフジシダ
図2 オオフジシダ

 オオフジシダは、富山県の絶滅危惧植物で、片貝川上流の1地点が県内唯一の産地とされてきました。このシダは、本州南部、四国、九州などの暖地を中心に分布していて、日本海側では北限の新潟県まで飛び地的に点々と確認されています。片貝川上流は、オオフジシダの北限に近い貴重な生育地のひとつといえます。分布の限界に近い産地を保全するためにも、その詳細な生育範囲や生育環境を調べる必要があります。
 片貝川上流では、1995年に発見されて以来、これまで1m2程度のただ1地点のみでしか確認されていませんでした。今回、その生育地周辺の調査で、新たに2つの地点で生育しているのを確認し、合計3地点となりました。しかし、これら3つの地点は、半径100m以内に入るほど接近しているので、全体として一つの産地ということができます。また、新たに見つかった2地点では、いずれも株が小さく、最初に見つかった地点より生育がよくない状態でした。
 3つのの生育地点は、いずれも直射日光が当たらず、コケに覆われた陰湿な岩の上でした。

3. 高地性植物生育地

図3 川原に生えたニッコウキスゲ
図3 川原に生えたニッコウキスゲ

 片貝川は、25kmあまりの全長に対して高度差が2400mもある急流河川です。そのため、亜高山~高山帯と標高の低い地域が水平距離で接近しています。
 これまでにも、亜高山帯以上によく生育する植物が、標高1000mより低い川原で生育しているのが発見されています。今回の調査では、従来の確認例(600m)より低い550m地点でもアシボソスゲなどの生育を確認しました。これらは、種子などが流れてきて偶然下流で生育したもので、一時的に生育していると考えられますが、何年にもわたって定着している場所もあります。2003年以降観察を継続している地点(750m)では、引き続きカライトソウ、アシボソスゲ、ニッコウキスゲ、タテヤマウツボグサなど複数種が定着しているのを確認しました。この場所に集中して複数の種類が定着しているのは、砂防ダムで土砂がせき止められるなど、上流から流れてきた植物の種子などがとどまりやすいことがひとつの要因と考えられますが、気候など他の要因も考える必要があると思われます。

4. 微気候の測定

 照葉樹林、夏緑樹林、針葉樹林など大まかな植物の分布は、その地域の大きな気候によってほぼ決まります。そして、地域内の個別の地点にどのような植物が生育できるかは、その地点ごとの微妙な気候が影響を与えます。片貝川上流で見られる樹上の着生植物群、オオフジシダの生育、高地性植物の生育という特徴的な植物生態について、それぞれの地点の気候(気温と湿度)を調べました。
 測定地点は、(1)洞杉樹上(南又谷700m)、(2)オオフジシダ生育地(南又谷750m)、(3)高地性植物生育地(東又谷750m)、それに比較のため、(4)尾根対照(大平山750m)、(5)低地対照(本流300m)の5地点です。測定には防水型のデータロガーを使用し、気温と湿度の測定値は1時間ごとに記録されるように設定しました。データは随時パソコンに回収し、2006年7月から2007年9月までのものを解析に使用しました。(一部機器の不具合でデータがない地点・期間があります。)
 平均気温を見ると、低地対照地点が高めであるほかは、あまり差がないように見えます。しかし、1日にどれだけ気温の変化があるか、日ごとの最高気温と最低気温の差(日較差)の平均を比較すると大きな差があります。川原である高地性植物生育地では日較差が大きく、オオフジシダ生育地では日較差が小さいことがわかります。また、オオフジシダ生育地、高地性植物生育地、尾根対照地点では、冬の間雪に埋もれたため0℃前後でほとんど変化がなく、洞杉樹上と低地対照地点では雪に埋もれず、平均では0℃前後ですが日較差が大きくなっています。ただし、冬の雪の量については、2006-2007年にかけての冬は例年より雪が少なかったので、傾向を明らかにするには複数年の観測が必要です。

図4 平均気温
図4 平均気温
図5 気温日較差
図5 気温日較差

 湿度の比較では、気温よりも地点ごとの特徴がはっきり現れているようです。まず特徴的なのは、オオフジシダ生育地では100%に近い高湿度で一定していることです。オオフジシダの生育には高湿度な環境が適しているようです。それ以外の4地点を比較すると、雪に埋もれる期間を除いて、洞杉樹上が他よりも湿度が高く変動も少ない一方、尾根対照地点は他よりも乾燥傾向にあることが読み取れます。高地性植物生育地は、気温とともに湿度も変動が大きいことが分かります。

図6 平均湿度
図6 平均湿度
図7 湿度日較差
図7 湿度日較差

まとめ

 各地点の測定結果をまとめると、
(1)洞杉樹上は尾根対照地点より湿度が高い。
(2)オオフジシダ生育地は高湿度で気温・湿度とも変動が少なく、冬季は積雪下で温度が維持される。
(3)高地性植物生育地は気温・湿度とも日較差が大きく、夜間は冷え込む。
(4)尾根対照地点は、谷の中にある同標高帯の多地点より湿度が低く乾燥しやすい。
(5)低地対照地点は、標高差を反映して他地点より気温が高い。
という傾向がみられました。
 これらの結果は、それぞれの地点の植物の生態から期待される気候として矛盾しないものと考えられますが、1年あまりの観測ではまだ結論を出すことはできません。気候の観測は2008年も継続中で、今後さらにデータを蓄積することでより詳細な検証を加えたいと考えています。

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