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丘陵地・山地の水循環とそれに伴う物質動態に関する研究

朴木英治(富山市科学文化センター)

水の循環と物質の循環

 海水には1リットル中に35g程度の塩類が含まれています。この海水に対して”淡水”は塩類をほとんど含んでいません。地球上の淡水のほとんどは南極やグリーンランドなどの氷として存在していますが、これを利用することは実際には難しく、河川水や湖沼水、地下水などの淡水が私たちの生活や農業、産業など様々なところに利用されています。これらの水は、南極などの氷と比べて存在量は非常に少ないのですが、海から蒸発して雲となり、雨や雪として地上に降り、やがて、河川や地下水として流れ、海に戻るという循環を繰り返している点が特徴です。
 ところで、淡水は塩類をほとんど含まないと書きましたが、実際には微量ながら、様々な成分が溶けています。例えば、蒸留水のようになにも溶けていないと思われる雨や雪にも、ナトリウムイオンや塩化物イオンなどの海を起源とする成分、人間が排出した汚染物質に由来する硫酸イオンや硝酸イオン、さらに、土壌に起源を持つ成分や微生物などが作り出す成分など様々な物が溶けており、それらの合計は1リットルの降水中にほんの数ミリグラムの場合から100ミリグラムを越える場合もあります。面積1平方メートルの場所に雨量1mmの雨が降ると、その雨水の合計量はちょうど1リットルとなるので、雨量1mm毎に、1平方メートルの大地に対して数ミリグラムから場合によっては百ミリグラム以上の物質が運ばれてくることになります。
 雨や雪解け水が地面にしみ込むと、雨や雪に溶けていた成分と土、微生物、植物などとの相互作用によって、その水質が変わります。その様子は成分によって異なり、濃度が増加するもの、逆に減るもの、さらに、あまり変化しないものに分けられます。
 淡水に溶けている成分の濃度は低くても、海に流れ込む河川水や地下水の量はたいへん多いため、川や地下水が海に運び込む物質の量(濃度と流れる水の量の積として求められる)は意外に多いのです。
 このように、様々な物質が水に溶け、雨から始まって川や地下水と共に海に流れ込むまでの一連の物質の流れが物質循環です。

この研究の目的

 この研究では、富山における物質循環を明らかにする第一歩として、雨や雪解け水が河川の源流となる丘陵地や山地の地面にしみ込み、それが渓流に出てくるまでの間に起きている水と土との相互作用や水と植物や土壌中の微生物など生物との相互作用による無機イオン成分の濃度変化の様子について、その変化の仕組みを考えようということが目的です。このように書くと難しそうですが、「富山のおいしい水の水質が作られる仕組みを考える」と書けばわかりやすいかもしれません。
 当初は簡単な研究のように思われました、調べてみると、実はたいへん難しいテーマであることがわかってきました。小さな丘陵地では、雨水が地面にしみ込んで渓流に出てくるまでほんの数十メートルしかないという場所もありますが、地面の中にある水の様子は簡単に目で見て、手にとって調べる訳にはいかないので、様々な方法を使って地面の中で起こっているだろうと思われる様子を推定しなければなりません。現在のところ、まだ結論を出すような状況にはなっていませんが、これまでの研究でわかったことを紹介します。

調査対照

 ここで紹介する場所の一つは、常願寺川支流の和田川の源流部にある有峰湖の流入河川です。ここの水は標準的な河川・渓流水水質が作られている場所です。もう一つは富山県の真ん中あたりに位置している呉羽丘陵です。呉羽丘陵の渓流水の水質は標準的なものではないことが以前からわかっていましたが、その原因についても考えてみました。それぞれの場所の位置は図1にあります。

図1 調査地点の位置
図1 調査地点の位置

有峰湖流入河川の水質

 有峰湖は常願寺川支流の和田川の上流部に作られた有効貯水量2億400万立方メートルの人造湖で、観光地としても有名な黒部湖(有効貯水量1億4800万立方メートル)よりも貯水量の大きな富山県内最大のダム湖です。その水は発電に利用され、同じ支流の真川や称名川、横江堰堤から取水された常願寺川の水と混ぜられて大山町上滝地内から常西合口用水、常東合口用水に流され、富山市や大山町、立山町、舟橋村の農業用水として利用されています。また、富山市の水道水は常西合口用水の水を利用していますが、コップに汲んだ水の60~70%程度が有峰湖由来の水といわれています。
 この有峰湖は和田川の上流部にあった有峰盆地の出口をダムでせき止めた人造湖で、かつての和田川の支流が、現在のダムの流入河川となって、ダム湖に水を供給しています。

有峰ダム
有峰ダム
有峰湖
有峰湖
有峰湖流入河川の西谷
有峰湖流入河川の西谷
有峰湖流入河川の東谷
有峰湖流入河川の東谷
有峰湖流入河川の冷タ谷
有峰湖流入河川の冷タ谷

有峰湖周辺に降る雨や雪の水質

 調査は1994年の11月から95年の11月にかけて行いました。表1に冬季と夏季の降水量や各成分の平均濃度を示しました。冬季は有峰湖への道路が閉鎖されるため、春までのほぼ7ヶ月間はヒーターのついた降水受け器で雪を溶かしながら試料を集めました。有峰湖付近の降水量は夏の期間が富山市内の144%、冬の期間は108%と多くなりました。しかし、雨に溶けている成分のうち、ナトリウムイオン(Na+)や塩化物イオン(Cl-)などの海が起源の成分の濃度は富山市内の値と比べて夏の期間は35~45%、冬の期間は25%程度しかありませんでした。また、酸性雨で問題となる非海塩性硫酸イオン(nssSO42-)の濃度は富山市内の値と比べると夏は74%、冬は57%、硝酸イオン(NO3-)の方は夏が56%、冬が62%でした。

表1 有峰湖の降水の平均組成
表1 有峰湖の降水の平均組成

有峰湖流入河川の水質

 有峰湖の周辺に降った雨や雪解け水は、森林の地面の下にしみ込み、やがて有峰湖に流れ込む河川に出てきます。
 一年間の雨や雪の平均水質と有峰湖の代表的な流入河川(東谷、西谷、冷タ谷)の水質の平均値とを比較したものが表2です。降水の平均pHは5.49で非常に弱いレベルの酸性雨の領域でしたが、土壌中で完全に中和されるため、流入河川では6.8~7.0程度のpHになっていました。
 ここで、河川の水質に対する土壌や植物などの影響を考えるため、各成分の”濃縮率”を計算してみました。

 濃縮率 = 河川水の平均濃度 ÷ 降水の平均濃度

 海からやってくる成分の塩化物イオン(Cl-)の濃縮率は0.92で、1に近い値となり、降水の濃度と河川水の濃度の違いはあまりありませんでした。これに対して、濃縮率が1よりも小さくなった成分として、硫酸イオン(SO42-)は濃縮率0.62、アンモニウムイオン(NH4+)はわずか0.03でした。硝酸イオンの濃縮率は0.15でしたが、アンモニウムイオンが土壌中の微生物によって硝酸イオンに変わるので、この分も含めて計算すると濃縮率は0.06となりました。降水中の硝酸イオン濃度は0.68mg/lでしたが、アンモニウムイオンからできる硝酸イオンの濃度は、計算では、これよりも高い1.13 mg/lにもなりました。

表表2 有峰湖周辺の降水の平均組成と流入河川水の平均組成
表2 有峰湖周辺の降水の平均組成と流入河川水の平均組成

硫酸イオンは土壌中の微生物によって硫化水素などに変化し、さらに、鉄と結びついて水に溶けにくい硫化鉄などに変わりますが、アンモニウムイオンや硝酸イオンは植物の栄養塩として吸収されます。
 これらの成分に対して、ナトリウムイオンの濃縮率は3.99、カリウムイオンは2.44、カルシウムイオンは10.62、さらに、マグネシウムイオンでは6.59でした。これらの成分の増加分は、水が地下にしみこんだ後、土壌から水の中に溶けだしたものです。このうちカルシウムイオンは適量が水に溶けていると、水の味が良くなるといわれています。 
 普通の河川集水域では、この例のように、降水が地面にしみ込んだ後、弱酸性だったpHは中和され、カルシウムイオンのような水の味をおいしくする成分が地面の中から多く溶けだし、アンモニウムイオンや硝酸イオンなどの成分は植物の栄養塩として吸収されてほとんどなくなってしまいます。

呉羽丘陵の小渓流の水質と降水の水質

 土壌から溶出する成分によって正常な河川・地下水の水質が形成される有峰湖の流入河川と異なり、呉羽丘陵の西斜面や射水丘陵の渓流水では土壌からの成分の溶出が少なく降水の組成とよく似た水質の渓流水が流れていることが以前から知られています(朴木1993)。また、呉羽丘陵の渓流水のpHは雨のpHと比べて若干高くなりますが、有峰湖流入河川など通常の水(普通はpH6-8程度)と比べて低くなっていました(表3)。
 また、呉羽丘陵に降る雨や雪に溶けた海塩成分や酸性物質の濃度は有峰湖の降水よりもずっと高くなりました。これは、呉羽丘陵の方が、有峰と比べて海に近く、汚染源にも近いためと考えられます。

表3 呉羽丘陵における降水と渓流水中の成分の平均濃度と濃縮率・濃縮比
表3 呉羽丘陵における降水と渓流水中の成分の平均濃度と濃縮率・濃縮比
呉羽丘陵の城山百牧谷"
呉羽丘陵の城山百牧谷
百牧谷内部(現在)
百牧谷内部(現在)
百牧谷内部(数年前)
百牧谷内部(数年前)
百牧谷の雨量計と降水採取器
百牧谷の雨量計と降水採取器

塩化物イオン濃度の季節変化と濃縮率

 降水中の塩化物イオン濃度は冬に濃度が高く夏に低くなる季節変化がはっきりと見られます。これは日本海側の地域に特徴的な現象ですが、有峰湖の流入河川や呉羽丘陵の渓流水では塩化物イオン濃度の季節変化は全く見られませんでした。図2は呉羽丘陵の降水と渓流水中の塩化物イオン濃度を月毎にグラフにしたものです。呉羽丘陵の渓流水のもう一つの特徴として、渓流水の塩化物イオン濃度が降水中の濃度の2倍ぐらいもあることでした。塩化物イオンにはおもしろい性質があり、温泉や塩分を含んだ排水、海水の影響を受けた水が混ざらなければ、その主要な起源は降水によって運ばれた海塩で、しかも、土壌の中で変質したり、土壌粒子によって吸着されることが少ないため、蒸発や蒸散などによる濃縮を考える上で便利な成分です。
 呉羽丘陵の塩化物イオンの濃縮率が2.76にもなる原因の一つは、呉羽丘陵の気温が高いため、蒸発や植物の蒸散のためと考えられました。

渓流水流量にみられる蒸散の影響

 呉羽丘陵の小渓流の流量を調べると、植物による蒸散の影響と思われる現象がみられます。図3は、呉羽丘陵の百牧谷という谷について調べた結果です。水は谷の上流から下流まで連続して流れているわけではなく、上流側一カ所と下流側で地表を流れています。それぞれの流量を比べると、常に下流側が多く途中で未知の水源からの水が混合しているようです。上流側は夜間に流量が減少し、日中は増えます。これに対して、下流側は日中に流量が減少して夜間に増加します。下流側の流量は未知の水源の流量変化の影響が大きいようです。植物は根から吸い上げた水と葉から取り入れた二酸化炭素をもとに光合成をするため、光合成をする日中に水を多く吸い上げると考えられます。しかし、百牧谷の上流側では、逆に夜間に流量が減少します。この原因として、上流側の水は竹林の中から流れてきており、竹の水の利用の仕方が他の植物と違うためではないかと考えています。また、小渓流の水の流量変化から、木の蒸散量が計算できるのではないかと考えています。

図2 呉羽丘陵の小渓流の塩化物イオン濃度と降水中の濃度
図2 呉羽丘陵の小渓流の塩化物イオン濃度と降水中の濃度
図3 呉羽丘陵百牧谷の流量変化
図3 呉羽丘陵百牧谷の流量変化
百牧谷の流量計
百牧谷の流量計
百牧谷内部の竹林の一部
百牧谷内部の竹林の一部

濃縮比から見た土壌、生物の影響

 有峰湖流入河川では、塩化物イオンの濃縮率が1程度で、蒸発や蒸散による濃縮が無視できる程度でしたが、呉羽丘陵では蒸発や蒸散による濃縮が無視できず、濃縮率(渓流水濃度/降水濃度)の値を使って土壌中からの成分の溶出を考えることができません。そこで、各成分の濃縮率の値を塩化物イオンの濃縮率の値で割った値・濃縮比を計算し、濃縮比の値で考えてみることにします。

濃縮比=(渓流水平均濃度/降水平均濃度)各成分/(渓流水濃度/降水濃度)塩化物イオン
 
表3にはこの濃縮比の値も示してあります。濃縮比では蒸発や蒸散による濃縮分が補正されるため、値が1以上になる場合は土壌からの溶出があり、1以下では、土壌中での吸収があると考えることができます。呉羽丘陵小河川の各成分の濃縮比の値は、塩化物イオンは計算の仮定により当然1ですが、硝酸イオン以外は1以上の値となり、土壌中からそれぞれの成分が溶出していることがわかりました。また、有峰湖の流入河川では、土壌中で吸収されていた硫酸イオンが呉羽丘陵では土壌中から溶出していることも大きな特徴でした。さらに、硝酸イオンの濃縮比は1以下でしたが、有峰湖の流入河川と比べてかなり大きく、植物などによる吸収がうまく進んでいないようにも思われました。これは“窒素飽和“と呼ばれる現象で、これに関しては富山県立大学の先生を中心に共同で研究を進めています。
 ところで濃縮比の値(表3)を有峰湖の流入河川の濃縮比(表2)と比べてみるとカルシウムイオンの濃縮比は有峰湖流入河川では11.44もあったのに対し、呉羽丘陵ではわずか1.23しかなく、その他の成分の濃縮比も呉羽丘陵ではかなり低い値となっており、土壌中から溶け出す成分の量が、有峰湖周辺と比べてかなり少ない事がわかります。
 この原因を解くカギは、硫酸イオンにあることがわかってきました。呉羽丘陵の土壌中にはパイライトという鉄と硫黄の化合物が含まれており、これから硫酸がつくられ、長い歴史の中で、カルシウムイオンなどの水の中に溶けだしやすい成分がほとんど溶かしだされてしまったため、渓流水中のカルシウムなどのイオン成分の濃縮率が高くならないものと考えられます。世界的にみるとこのような現象は強い酸性雨が降っている地域にみられる現象ですが、呉羽丘陵では酸性雨よりも土壌自身が酸性雨と同じ作用をしている点が大きな特徴です。しかも、歴史がほんの数十年程度と考えられる酸性雨とは異なり、おそらく何千年も続いている現象ではないかと考えられます。呉羽丘陵には縄文時代の遺跡も多く、もしかしたら、縄文人たちも現在の水質と同じような水質の水を飲んでいたのかもしれません。

まとめ

 これまでの調査で、河川の平均水質とその河川の集水域内の降水の平均水質とを比較することで、土壌や植物が河川の水質の形成に及ぼす影響を考えていくことができるということがわかってきました。しかし、分からない点もまだいろいろあります。大きな問題の一つはやはり物質収支の問題で、川によって運ばれる物質のどれだけが土壌由来で、どれだけが降水由来で、さらに、降水由来の物質が森林内にどの程度とどまるのか、とどまらないのかという点です。もう一つは、塩化物イオンの挙動です。塩化物イオンは降水では明らかな季節変動を示し、冬季の平均濃度は夏季の平均濃度の10倍ぐらいにもなるのに、河川では全く季節変動がみられないという点で、どういう仕組みで図2に見られたような完璧な平均化が行われるのか、これを解き明かすことで、その他の成分の土壌内における挙動も見えてくるような気がします。しかし、それをどうやって調べるのか、調査方法はまだ五里霧中です。

謝辞

 この調査の資金の一部として富山県博物館協会の美術館・博物館研究補助を利用しました。呉羽丘陵の調査では、富山県立大学短期大学部の川上智規助教授にご指導をいただきました。さらに、有峰湖流入河川の調査に際しては北陸電力の協力を得ました。調査地点図は富山市科学文化センターの高原佐代子臨時職員に作図していただきました。ここに厚くお礼申しあげます。

参考文献

朴木英治 1994 呉羽丘陵の水質、呉羽丘陵自然環境調査報告、富山市科学文化センター:245-253

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