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有峰地域の小型哺乳類相の解明

清水海渡(富山市科学博物館)

1.はじめに

 有峰地域は常願寺川流域の源流部に位置し、緑豊かな県立公園として親しまれている。過去、北陸電力主体となった正印(1981)、富山市が主体となった富山市科学文化センター(1996)によって有峰の自然環境総合調査が実施されており、2目5科15種の小型哺乳類が報告されている。しかし、正印(1981)では各種の詳細な発見場所や種同定の根拠等の記載は少なく、確実な記録については6種にとどまっている。その後、公益財団法人富山県農林水産公社主催の県内高校生を対象に実施されている「ありみね高校生学びの森」事業の中で、2003年から現在までに有峰湖周辺の猪根平および桐山周辺で小型哺乳類捕獲調査が実施されている(公益財団法人富山県農林水産公社2020)。また、2011年には、富山大学の捕獲調査、痕跡調査および巣箱設置調査が実施され、2003年から2020年までの毎年、県内で目撃した哺乳類情報について富山県生物学会の有識者らによって報告されており、これらをまとめると2目6科17種が確認されている。以上のように特定の場所、特定の種については比較的近年でも報告があるものの、現在までの25年間総合的な調査は実施されておらず、多くの種で現在の生息状況は不明である。総合調査以降、有峰湖周辺では大規模な林道舗装工事や河川砂防工事等が実施されており、元の環境が改変された可能性が高いと思われ、環境変化の影響が懸念される。小型哺乳類は、微細な環境の差異によって棲み分けており、環境変化の影響は大きいと思われる。そこで本研究では、有峰地域における小型哺乳類相の解明を行うことで、過去からの変化、保全に向けた基碍資料の作成と当館展示の基碍資料収集を目的とした。

2.調査方法および調査地

2-1.調査方法

 本調査では生け捕り捕獲罠による調査法および自動撮影装置を用いた調査法を用いた。捕獲調査には生け捕り捕獲罠(シャーマン式ライブトラップL型 H .B .Sherman Traps 社製、以下「トラップ」と略す)を使用した。調査地点1地点につきトラップ20〜40台を数メートルおきに設置し、誘因餌にはオートミール、ピーナッツ、クルミ粉末、とんがりコーン(ハウス食品)を混ぜた物を使用した。調査日初日に各地点ヘトラップを設置し、二日目の早朝に回収した。捕獲確認後、現地で種同定し、各部位の計測をおこなった。捕獲した個体は、各種6個体までを標本とし、該当個体以外は計測後に放獣した。捕獲に際し、学術調査目的として捕獲許可を取得した(許可番号 学—第7号)。
 自動撮影装置には赤外線式自動撮影装置(Ltl-Acorn Mini30 MARIF セレクション 麻里府商事、以下「カメラ」と略す)を使用した。撮影は動画モードで30 秒間動画を撮影すると同時に、静止画を1回撮影するように設定した。撮影待機時間は5分で設定し、同一要因による連続撮影を防いだ。設置高は地上40〜50cm、付属の荷締めベルトを使い、立木ヘ固定し設置した。撮影可能面積は約0.4m2(画角約1.0mX0.4m)である。カメラの設置に際し、県立公園特別地域内工作物新築許可を申請しておこなった(工作物設置 許可番号富山県指令自第362号)。誘因餌として、カメラの電池交換時にトラップ調査と同様のものを使用した。

図1 シャーマントラップ(左)とセンサーカメラ(右)


2-2.調査地点概要と調査日

 富山県富山市有峰地域にある有峰湖を中心として整備された富山県有峰林道の小口川線、大多和線、東谷線、湖周線沿いにある冷夕谷自然歩道周辺、林道大多和線大多和峠周辺、東西半島自然歩道周辺、林道東谷線墨谷周辺、林道小口川線祐延湖祐延峠周辺の5地点で調査を実施した(図2)。調査期間は2021年6月1日〜11月12日(富山県林道有峰線および同真川線の開通期間)に実施した。調査実施日は6月1日、6月8日、9日、14日、15日、7月1日、13日、21日、22日、26日、27日、8月19日〜22日、9月10日、16日、10月5日〜7日、10月15日、11月6日の計22日間であった。

図2 調査地点 A、冷夕谷;B、大多和峠;C、東西半島;D、東谷;E、祐延湖


3.結果

 本調査ではカワネズミ、ニホンジネズミ、ヒミズ、ニホンリス、ヤチネズミ、スミスネズミ、ヒメネズミ、アカネズミの2目5科6属8種の小型哺乳類を確認した(表2、3)。調査方法別の結果を後述する。

3-1.生け捕り捕獲罠による生息確認調査

 捕獲調査は、6月8日〜9日、14日〜15日、7月22日〜23日、7月26日〜27日、8月19日〜22日、9月24〜25日、10月5〜7日の各日に実施した。全トラップ設置有効数950トラップ/日のうち、捕獲したのはアカネズミ61頭、ヒメネズミ45頭、スミスネズミ22頭、ヤチネズミ2頭、ヒミズ16頭、カワネズミ2頭の計148頭となり、捕獲率は15.58%、2目3科4属6種を捕獲した(表1、図2)。捕獲個体のうち、アカネズミ6頭、ヒメネズミ6頭、スミスネズミ6頭、ヤチネズミ2頭、ヒミズ6 頭、カワネズミ1頭の仮剥製標本および頭骨標本を製作し、富山市科学博物館の脊椎動物標本庫(TOYA-Ma)で保管している。

図3 捕獲した小型哺乳類 A,ヒミズ;B,カワネズミ;C,ヤチネズミ;D,スミスネズミ;E,アカネズミ;F,ヒメネズミ


表1 各地点の捕獲頭数と捕獲率(頭数/トラップ数)

3-2.自動撮影装置による生息確認調査結果

 5地点で2021年6月17日〜2021年11月6日まで設置し、総稼働数481日間であった。地点によっては電池切れで稼働しない期間があったため、地点ごとに稼働日数に差異があった(表2)。総撮影回数3,978回、そのうち小型哺乳類は、2,013回、2目4科5属6種が撮影された(表2)。小型哺乳類各種の撮影回数および、撮影頻度はニホンジネズミ撮影回数3回、撮影頻度0.01回/日、ヒミズ撮影回数8回、撮影頻度0.02回/日、ニホンリス撮影回数6回、撮影頻度0.01回/日、アカネズミ撮影回数1,590回、撮影頻度3.31回/日、ヒメネズミ撮影回数116回、撮影頻度0.24回/日、スミスネズミ撮影回数161回、撮影頻度0.33回/日であった(表2)。

表2 各地点と各種撮影回数と撮影頻度(回数/日)

4.考察

 本調査では 過去に確認された小型哺乳類17種のうち、トガリネズミ形目3種咽歯目5種の計8種を確認した。今回の調査で、正印(1981)以来40年ぶりにヤチネズミの生息を確認した。正印(1981)では確認場所や年月日などの詳細な記録はなく、富山市科学文化センター(1996)でも記録はないため、有峰湖周辺地域における確実な記録は今回が初となった。ヤチネズミは、正印(1981)の報告以来40年ぶりに2例の生息を確認し、捕獲地点は祐延峠および墨谷であった。本朴中部山地帯に生息するヤチネズミは標高1,300〜1,500m以上の山地に分布することが知られており(金子・木村 2007;Iwasa,2015) 今回の記録も同様の結果となった。また祐延峠と墨谷は有峰湖を挟んで直線で約10kmに位置するため、有峰湖周辺では広く生息している可能性が考えられる。アカネズミ、ヒメネズミ、スミスネズミ、ヒミズは多くの地点で確認し、有峰湖周辺では安定的に生息しているものと考えられる。カワネズミは、東谷にある渓流沿いで実施した捕獲調査で2頭を確認し、1 頭は生存していたため計測後に放獣し1頭は死亡していたため標本とした。過去、有峰湖周辺では藤重ほか(2016)での痕跡およびカメラ調査で瀬戸谷、峠谷、西谷の3地点、公益財団法人富山県農林水産公社(2020)による猪根平周辺でのサンショウウオ調査時に偶発的に確認された1例、富山県生活環境文化部自然保護課(2012)に記載のあった藤十郎谷の5地点であり、東谷の記録は今回が初であった。どれも近年の記録であり、有峰湖周辺の渓流には広く生息するものと考えられる。
 今回の調査ではドブネズミおよびハタネズミを確認することができなかった。ハタネズミは草地環境に高く依存すること、ドブネズミは人の生活圏に高く依存することが知られており(阿部ほか 2008)、正印(1981)でも語られている。望月(1962)によれば、調査当時の有峰西谷周辺にはかつての農家の居住跡に耕作地が残存し、1961年実施の捕獲調査時には、有峰湖周辺の観光に関連する特殊居住者によって耕地化された場所が散見されるとの記載があるため、ハタネズミおよびドブネズミは耕作地や住居といった人の手で作られた環境に生息し、その消失によって姿を消した可能性が考えられる。アズミトガリネズミ、シントウトガリネズミ、ヒメヒミズ、アズマモグラ、ミズラモグラのトガリネズミ形目5種も生息の確認ができなかった。これらの種は地下性小型哺乳類であり、地上に設置するシャーマン式ライブトラップおよびセンサーカメラでは確認できなかった可能性がある。また、ニホンヤマネ、モモンガ、ムササビといった樹上性小型哺乳類3種についても確認できなかった。これらは夜行性で、一生のほとんどを樹上で生活するものと考えられており(阿部ほか 2008)、地上に設置するトラップおよびセンサーカメラでは確認できなかったと考えられる。
 今後は、今回確認できなかった地下性哺乳類および樹上性哺乳類を確認するため、墜落缶トラップ、小西式モールトラップなどを用いた捕獲調査および樹上性哺乳類のねぐらとなる樹洞ヘのセンサーカメラの設置、夜間活動時のライトセンサス調査、巣箱利用調査などが求められる。

表3 有峰で確認された地上性および樹上性小型哺乳類一覧

5.謝辞

 本稿を記すにあたり、富山県生活環境文化部自然保護課の皆様には調査に際し、許可申請に対応していただいた。富山県農林水産部森林政策課の皆様には調査に際して通行許可をいただいた。富山県自然博物園ねいの里の赤座久明氏には高校生学びの森で実施している小型哺乳類の捕獲情報についてご教示いただいた。また、有峰森林文化村の職員の皆様には有峰の動物について情報を提供していただいた。ここに厚く御礼申し上げる。

6.引用文献

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