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富山湾周辺地域の最終氷期以降の環境変遷調査―富山県内遺跡における古生態データベースの整理―
打越山詩子(魚津埋没林博物館)
はじめに
魚津埋没林は今から約2000年前に魚津港周辺に広がっていたスギ原生林跡である。この埋没林は現在の海面よりも低い位置で根張りの状態の樹根が見つかったことから、発見当時よりその成因について様々な議論が行われてきた。魚津埋没林は、過去の環境変化の記録が保存されている貴重なものとして、その包蔵地が国の特別天然記念物に指定されている。現在の環境がどのような過程を経てできあがったのか。それを明らかにすることは過去を知るだけではなく、将来の予測にも役立つ重要なデータとなる。特に最終氷期最盛期から現在にかけての環境の変化は人の生活とも関わりが深くその把握が求められている。魚津埋没林の特別天然記念物指定は、過去の記録を保存している地面の保護という意味合いが大きい。
過去の環境の記録を持つ地層、特に最終氷期最盛期から現在にかけてのほとんどが地面の下のため、これまでの研究の多くはボーリング・コア試料の分析などのいわゆる“点”のデータである。そのため、詳細な古環境の把握には多くの点のデータの積み重ね、面的な検討や考察が必要となる。
これまで遺跡の発掘調査報告書内では、発掘時に行われた自然分析結果の大量のデータが報告されている。これらのデータの多くは報告書内で報告された後は、再度利用されることはない状態となっている。しかし、これだけの量のデータを収集するのには多くの時間と費用が必要となるため、発掘調査報告書内のデータは大変貴重なものといえる。近年、このような発掘調査報告書内の自然分析系データのデータベース作成の取り組みがおこなわれるようになり、百原ほか(2014)、林(2014)などで報告されている。また、伊東・山田(2012)では全国の出土木製品に関するデータベースが整理されている。
富山湾周辺地域の最終氷期以降の環境変遷調査の一環として、富山県内の遺跡調査報告書内の自然分析系のデータベースを作成し、環境変遷や環境と人との関わりについて明らかにしていくことは重要で意義のあることと考えられる。そこで、平成27年度の富山県美術館・博物館研究補助を受け、現在、富山県内の遺跡調査でおこなわれた自然分析結果のうち、古生態系のデータベース化の作業を進めていくこととした。本稿ではその内容や今後の展望について述べる。
遺跡古生態データベースの作成手順
データベースの作成は、これまで報告されている同様取り組みや、聞き取り調査した内容を参考に、〈第1期〉と〈第2期〉の2段階の作業にわけて進めていくこととした。
〈第1期:古生態分析データ有無の把握〉
最初に、発行されている県内の遺跡調査報告書を確認し、対象とする古生態分析がおこなわれている遺跡を抽出する。抽出対象とする古生態のデータは花粉、植物珪酸体(プラントオパール)、大型植物遺体、出土木材、珪藻、動物遺体6項目とした(表1)。大型植物遺体とは、花粉のような顕微鏡レベルのものに対し、種子や葉など肉眼で見える大きさの植物遺体を指す。動物遺体は貝類や魚類、哺乳類などの骨を含む。また、参考データとして、炭素14年代や古地磁気年代などの年代測定、墳砂や液状化などの地震痕跡の項目を抽出対象とした。
作業は、遺跡発掘調査報告書を確認し、対象とする古生態分析の報告が含まれている部分と、例言、目次、抄録、分析資料の出土層の層序、層相、編年に関する記載等のページをコピーし、遺跡整理番号(TP)と遺跡調査報告書整理番号(Tan)をつけてファイルboxに保管する。また、報告書のPDFが入手できるものはデータを入手し、遺跡調査報告書整理番号をファイル名に入れて専用のHD内に保存した。報告書のPDFが入手できないものは、報告書のうち保管用にコピーしたものをPDF化し保存した。
加えて、Excelを用いて対象とする古生態分析が行なわれている遺跡とその報告書のデータ入力を行った(図1)。データ項目は表2の17項目とした。
一つの報告書内で複数の遺跡について報告されている場合は、遺跡ごとにデータ入力を行い、それぞれの遺跡に整理番号をつけた。また、同じ遺跡が複数回にかけて調査報告されている場合は、調査ごとに発掘エリアで確認された時代や自然分析の内容に違いが生じるため、遺跡整理番号に枝番号(TP−○○-2など)をつけて分けて入力する。
2016年3月現在、第1期の富山県内の遺跡調査報告書の中から古生態データが報告されている報告書を抽出する作業を進めている。これまで368冊の報告書について古生態分析の有無の確認が終わり、そのうち約50%にあたる185の遺跡調査で古生態データが報告されているのを確認した。さらにそのうち、報告書内の古生態分析結果についての報告部分のコピーならびにファイルへの保管とExcelデータ入力が終わったものは、59の報告書で77遺跡分である。古生態分析の内訳を見えてみると、花粉分析が39地点、植物珪酸体分析が27地点、大型植物遺体が37地点、木材同定が64地点、珪藻分析が24地点、動物遺体が25地点、参考データの年代測定は53地点、地震の痕跡は10地点で確認された。これまで整理した富山県内の遺跡における古生態データで、一番多くの遺跡で報告されているのは遺物の木材同定のデータで、花粉分析データが続いている。
〈第2期:古生態データベースの構築〉
第1期で抽出した報告書から、古生態分析の種類ごとにデータの入力・整理を行う。遺跡内の複数の層準で分析がおこなわれているデータは1層準ごとにデータを入力していく。また、ここで環境変遷を考察する際に使用できるデータと使用できないデータの振り分けをおこなう。例えば、花粉分析のデータの振り分けの場合、花粉総数が200以下のデータは花粉堆積当時の植生を正確に表さない可能性があるため使用しない。また、200以上の花粉が報告されていても、分析した試料の採取地点が報告書内に明記されていないものや、採取地点の時代が詳しくわからないものも、環境変遷を考察する場合には使用できないと判断する。このようなデータの振り分けを行うことで、データベース内のデータの精度を上げていく。
遺跡の古生態分析データを扱う際の注意点
最終氷期以降の環境変遷を調査する際はボーリング・コア試料を用いることが多いが、その場合花粉など顕微鏡レベルの大きさものの分析は可能だが、種子や貝などの大きなものから当時の環境を知ることは不可能である。そのため、種子などの分析が行われている遺跡発掘時の自然分析調査のデータは大変貴重で重要なものである。この貴重な情報を多くの人が使用できればよいと思うが、実際にこれらの情報に接してみると、大変使用しにくい状態であることがわかる。
発掘調査報告書から必要な情報を得ようとすると、発掘調査の遺構や遺物、時代の情報と古生態分析の情報が上手くリンクしないことがある。多くの遺跡発掘調査報告書の中で自然科学分析の項目は発掘調査の記述とは別にまとめて記載されている。これは自然科学分析の場合、ほとんどが民間の分析会社や大学等の研究者に委託されて行われているためと思われるが、この古生態分析報告の本文や産出物の一覧表中には分析を行った試料の層準や採取した遺構の情報が記載されていないことが多い。その場合、報告書全体を調べる必要があるが、かなりの手間がかかる。また、報告書が身近にない研究者が、自然科学分析報告の部分だけを文献として取り寄せても、出土状況や時代にについて正確な情報が把握できない状態となってしまう。このことは、せっかくの情報が報告書以外で利用されない、利用しにくい大きな原因と考えられる。また、全体を調べても正確に試料の採取場所や時代などが把握できない場合もある。そうなるとそのデータは他の場所では使用することができない。このような状況がおこる原因として、古生態分析の結果があらわす意味が広く一般的に理解されていないことが一因と考えられる。
データベース作成の意義と今後の展望
データベースを作成する最大の意義は、各遺跡で行われていた点の古生態の情報が繋がり、面的な考察が行えるようになることが期待できることである。また、時代ごとに植生などの変遷や人との関わりも見えてくると考えられる。さらに別の角度からの意義として、個別の遺跡の点の情報では見えなかったものが、データベースを通してつながることで新しい知見が得られ、古生態分析を含む自然科学分析を行う意義の理解が深まり、新たな良質な情報が加わり、議論が深まり、さらなる古環境変遷を明らかにできるような良い循環のきっかけになることが期待できる。
今後データの入力・整理を進めていき、富山県内の遺跡における古生態データベースの作成を進めていく。また、作成したデータベースのデータをもとに、富山湾周辺地域の環境の変遷や環境と人の暮らしとの関わりなど調べて、公表していきたいと考えている。
引用文献
林竜馬(2014):琵琶湖地域から世界へ:遺跡 における古生態学データベースの構築と周辺植生復元の試み、第15回関西縄文文化研究会研究集会発表要旨集
伊東隆夫・山田昌久(2012):木の考古学 出土木製品用材データベース、449p. 海青社
百原新・工藤雄一郎・小林弘和・石田糸絵・沖津進(2014):遺跡出土大型植物遺体データベースの意義、国立歴史民俗博物館研究報告、187、491-494