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立山カルデラ内を流れる河川水の地球化学的特徴から見た崩れ
米谷正広(立山カルデラ砂防博物館)
はじめに
立山カルデラは、富山市の南東約33kmに位置する、立山火山の活動後に形成された侵食カルデラである。安政5年(1858年)の大地震で大鳶山が崩れて以降、その内部では山体崩壊が繰り返し起きている(図1)。
本研究では、立山カルデラ内を流れる湯川本流やその支流をはじめとする立山カルデラ全域の地表水と、新湯や旧立山温泉等の温泉水を計102個採取し、分析した(図2,3)。採水時には、水温、pH、電気伝導度を測定し、500mlのポリ瓶に試料水を入れ実験室に持ち帰った。実験室ではイオンクロマトグラフを用いて化学成分(Na+,K+,Mg2+,Ca2+,F-,Cl-,NO3-,SO42-)を、pH4.8アルカリ度によりHCO3-を、モリブデン黄法により比色ケイ酸を測定した。また質量分析計にてδ18O、δD、δ34Sを測定した。それらの化学組成や同位体比の特徴から、大規模な崩壊地における水質の特徴と崩壊の成因について考察し、さらには山体崩壊の原因についても検討した。
立山カルデラ内河川水の化学成分は、地表水のタイプとして一般的なCa-HCO3型が全サンプルの25%に止まり、残りの75%は地表水では一般的ではないCa-SO4型が占めていた。また、このCa-SO4型を示した河川水の総イオン濃度(1.49~33.3meq/l)はCa-HCO3型のもの(0.88~8.08meq/l)と比べてかなり高い傾向を示した(図4)。
このようにSO42-が主要陰イオンになったのは、立山カルデラが崩壊地であるために植生が根付かず、破砕された岩石が多く分布しているためと考えられる。つまり、HCO3-の元になる植物の根から放出されるCO2や有機物の分解で生じるCO2が土壌中に不足していることや、岩石が破砕され細粒化したことにより、岩石中のパイライト(FeS2)の酸化が促進されたため、SO42-が主要陰イオンになったと考えられる(図5)。
また陽イオンについては、Ca2+がその大部分を占める河川と、Na+もかなりの割合で含まれる河川の2つが認められた。Ca2+とMg2+が主要陽イオンである河川(総イオン濃度:低)では、岩石風化は初期段階にあるといえるのに対し、泥谷・多枝原谷・兎谷の場合は総イオン濃度が高く、Na+もまた水の主要陽イオンであることから、この地帯では長石でも溶解する激しい岩石風化が進んでいると考えられる(図6)。
岩石由来といえるSiO2とSO42-について関係をみると、ほとんどの河川は正の相関を示す1本の直線状に分布するのに対し、泥谷・多枝原谷・兎谷はこの直線から大きく外れ、そのSiO2/SO4比は他のものと比べて低かった(図7)。つまり、この3河川は岩石風化によるもの以上のSO42-が存在しており、岩石風化起源のSO42-に加えてほかの起源のSO42-も存在していると考えられる。
SO42-の起源を明確にするために硫黄同位体比を測定したところ、温泉水を含めた立山カルデラ地表水のδ34S値は+1.7~+9.3‰であった。SO42-濃度が低い河川のδ34S値(+1.7~+4.8‰)は、日本の安山岩のδ34S値と近かったことから、これらの河川の硫黄は立山カルデラの表層部に分布する安山岩起源であると考えられる。旧立山温泉と天涯の湯のδ34S値(+9.3、+7.9‰)は、花崗岩のδ34S値に近いことから、安山岩の下にある花崗岩由来の硫黄であると考えられる(図8)。
この2つの温泉がNa-HCO3型の泉質であることも花崗岩からの湧出を支持する。泥谷・多枝原谷・兎谷のδ34S値は+3.2~+5.9‰であったが、δ34S値と1/【SO4】の関係をとると、この3点は立山火山ガスのδ34S値(-0.3~+1.6‰)に向かって直線的に分布していた(図9)。また、1858年の地震により噴気が噴出して出来た新湯も図上でこの3河川の近くに分布した。このことから、この3河川の中には岩石風化起源のSO42-以外に、火山ガス由来のものも存在していると考えられる。
このような化学成分と同位体比の特徴から、泥谷と多枝原谷の上部は火山ガスによる激しい風化を受け、母岩の強度が著しく弱体化されたと推測される。このことが、1858年の大地震の時に大規模な山体崩壊を起こした原因であり、立山カルデラを大きく成長させた要因であることが確認できた。
以上の報告の作成にあたって、試料の分析、文献・資料のご教示等、富山大学理学部の佐竹洋教授および佐藤有紀氏の多大なる援助を受けた。深く感謝申し上げる。
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